my読書[2]言葉の排他性と神の沈黙-
夏目漱石が用いた小説テクニックを学ぼうという、実用的な本(物書き限定ですが)を読んでいましたら、「言葉の排他性」についてのうまい説明がありました。それを読んで、「沈黙の受容性」と言えるような発想が湧いてきましたので、その…
「本気で遊ぶ」とは、「没落・敗北」をかけて戦うということ。
ニーチェの「超人思想」は「遊び」として受け取られる時にのみ、生きねばの役に立つ。
1つの「趣味」として、私は私の戦いに打って出る。しかしその「趣味」を本気で探求する。
生きねば哲学の根本構造は、
「本気の遊び」を生きるということ。
人は「目標」を持たねば、生きがいを持って生きられない。
「生きねば」できない。
しかし「目標」に執着して焦り、死ぬほどに悩むのが人間だ。
だから目標を「遊び」として、しかし本気で求めていくこと。
ツァラトゥストラをなぜ読むのか。
それはルサンチマンを置き去りにするため。
社会への呪い、嘆き、
社会批評などもうやめて、
社会などもう「通り過ぎ」て、
脇目も振らずに我が道を歩くため。
永遠回帰を受け止めることも、
そのための試練である。
一切が無限に繰り返されるとしても、
今日の20:15ごろから、
東京から埼玉へ戻るので、
お暇な方いたら、
通話で話聞かせてください〜
DM待ってます!
娘が我が実家に一泊2日する。初めて。
まぁそれは良いとして、
両親はいま何を求めていて、
何に不満を感じているのか
ここをじっくり聞き取る機会にしたい。
一方的なアドバイスほど、
お互いにとって無意味なものはない。
まず相手を理解すること。
そこで初めて,次のステップが始まる。

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