キリスト教入門記[3]私は主役ではなく神の道具・器。神の愛を感じなくとも、信じて主のもとへ何度も立ち返る。
自分は主役ではなく、神の道具。神の愛を感じなくても、主のもとへ何度でも帰る。 最近気づいたこと。いまのぼくにとっての「偶像崇拝」(神以外のものを崇めること)は、人からの賞賛であり、自分が他の人よりも優れた面を持つという優…
ニーチェの永劫回帰。
永遠に同じものが繰り返すとは、
それが既に完全であるから。
「自己超克」を目指す超人思想との大きな矛盾。
既に完全な世界で、進歩への努力は必要か?
だから、吐き気,吐き気、吐き気なのだ。
『ツァラトゥストラ』を音読してから、
坐禅を組む。
小山修一の訳が、
桁外れに音読に適している。
「『今から私は死ぬ。そして消え去っていく。』と汝は言うだろう。
『忽ちの中に私は無に帰する。魂は肉体と同じように、死を避けることはできない。
来週、静岡の下田に行くため、
妻子には実家に帰っていただき、
溜まった仕事に一気にかたをつける。
今日はブログもアップできた
もうヘトヘト。よく頑張った。
ニーチェと生きねばの土台の考察も
少しずつ形になってきてる。
今日は早めに寝て,
朝座禅生活を復活させたい。
来期の保育料が
0円になった通知が来て、
我が家は非課税世帯に
なったことを知る!
今まで
生活保護世帯=非課税世帯だと
思っていたけど、違うんだな。
色々な意味で、
今送れている生活はありがたいのだな。
不足ばかりに注目しちゃうけど、
正社員時代はやっぱり
もっともっと心に余裕がなく、
ニーチェと生きねばの関係について
一つ分かったのは、
「真理はない」という結論、
あるいは選択によって
「真理」(生きる意味)をまず見つけてから、人生を始めよう、
という世界から自由になれるのだ。
「真理を探す」人生から、
「私の内の力への意志」を
よりよく発現させる人生へ。

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