信仰とは②理性の及ばぬ神秘へ、意志の手でしがみつく。
今回は「信仰なんて…」と、とりあえず斜めに見てしまう人に向けて、「信仰とは一体なにか」哲学的な著作からご紹介し、 信仰はただの盲信なく、真剣で誠実で勇気ある営みであることをすこしでも伝えられたらと思います。 信仰と真理・…
キリスト教
2020.07.04 ばさばさ
今回は「信仰なんて…」と、とりあえず斜めに見てしまう人に向けて、「信仰とは一体なにか」哲学的な著作からご紹介し、 信仰はただの盲信なく、真剣で誠実で勇気ある営みであることをすこしでも伝えられたらと思います。 信仰と真理・…
キリスト教
2019.05.12 ばさばさ
「神が創った世界になぜ悪があるのか」という古典的な問いには、 古典的な答え「その部分だけ切り取ったら悪に見えるだけで、全知全能の神の視点からしたらそれは決して悪ではない。この世界は全て善である。一見悪に見えるものも、神は…
「自己を恥じること」
そこから、本当の向上心と力、謙虚さが湧き出してくる。
「人、以て恥無かるべからず。恥無きを之れ恥づれば、恥無し。」
「人は、恥を知らない人間であってはならない。自分に恥じる心がないことを恥じることができれば、もはや恥ずべき人間ではなくなる」(孟子)
○安岡正篤、『禅と陽明学』
・安岡正篤の言葉をどこまで信用できるのかは、未だ検討中であるが、下記の視点は非常に大切だと感じた。
・小乗仏教を経てからの大乗仏教でなければ、ただの軽薄な現世肯定にすぎなくなる。大乗仏教なしの小乗仏教も、同じく良くない。
○ニーチェの「意志すること」と、言志四録の「志」。
○スマナサーラ長老のヴィッパサナ瞑想とニーチェ
・大乗的ではない。すなわち、「意志、価値判断をするから苦しい。だから、価値創造をやめ、一切をただありのままに見るだけで我慢しろ。生きることの苦しさを知って、生きることに執着するな。ただ、ありのままに見続けろ」
大学生の頃は、
「絶対的平等」が良いと思っていた。
種々の遺伝的・環境的な特質によって、
本人には責任がないと考える
パターナリスティックで
「過度に優しい」考え方だ。
しかし今は変わった。
「限界内における」人間の自由を
積極的に語らねばならない。
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