人はなぜ宗教を求めるのか②改善不能な自己への絶望
前回は「自己への不信・自意識の闇」に留まることに耐えきれずに宗教を求める、という流れになんとか強引にまとめきりました。 けれども、ぼく自身のなかで「宗教を求める」という気持ちは決して整理されているわけではありません。生物…
イヤホン耳に突っ込んで、
音楽でなんとか起きる。
スターウォーズのBGMで
今朝も仕事頑張ろう。
疲れたら坐禅。
あと昨晩読んだアランの『幸福論』良かった。
今までなかなかとっつきづらかったけど
こりゃ生きねば哲学とめっちゃ重なるな。
精神的な,宗教的に問題を捉えることをやめて、
大学生とおしゃべりできて、
めっちゃありがたかったです。
宮沢賢治は、
自己犠牲的な愛の理想世界を
究極のところまで追い求め、
その果てに過労死するまで貫いた生涯だったと、私は考えています。
その生き方は、
この現実世界では成り立たない、
だからこそ美しいと
最近、仕事頑張って、
褒められることも増えて
ちょっと傲慢になっている気がする。
すると、
ミスした時とか、
ちょっと撤退できないときとかに
それを隠そうとする気持ちが生まれる。
自分は「もっと」できるやつですよ、と
現実の自分を認めずに、
誤魔化そうとしてしまうのだ。
自信がついてきて
スターウォーズエピソード1
ファントム・メナスを家族で見る。
娘もまぁ怖がらずに見れたので有難い。
やはり神話、
プロトタイプ的なストーリー展開で、
最近のハイテンポな映画と違って
じっくり落ち着いて見られるのが良いね。
クワイガンも、パドメも、
みんなそれぞれに判断ミスしながらも
銅像の仕事を断った。
(中略)
私は川原に仰向けにねそべって、澄んだ青空を流れる真綿雲を見ながら考えた。昨日あの仕事を断らなかったら、仕事のプランや折衝やらが重く頭へのしかかって、青空がこんなに美しくは、見えなかったろう。紅葉した木の一葉一枚一枚が生き生きと輝いて見えた。1/2

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