自分(たち)だけを慰める宗教へ。キリスト者の理想。カール・ラーナー
宗教は(もっと言えばあらゆる文化は)人をより切実に、より真剣に現実の真っ只中へと向かわせるものであって欲しいと、ぼくは思います。宗教は現実逃避の手段であってはならないし,一時の気休めであってはいけないと思います。 しかし…
小説を構想する中で、
現代における政治の問題とは、
大衆の投票行動と
インテリの理想との間の
葛藤なのだと思うようになった。
インテリは
大衆が考えていることがわからない。
だから、
「こんな政治はおかしい!」と悩む。
しかし大衆は大衆のリズムで
常に動き続けているのだ。
自分が今歩いている道を知ることは、
自分が捨て、退けてきたものを
改めて自覚するということだ
自分が選ばなかった道の中には、
自分が選ばなかった幸せや、安らぎがある
しかし私は、それらを捨て、退けた
その過去を知ることで、
現在がより深く明らかになる。
限界内における選択が人生だ
今日は寝不足で少々つらかったが、
娘と2人で動物園を楽しんだ。
妻は東京の友達に会いに行っていた。
妻の牧場に行って馬に乗ったり、
とにかく動物との関わりが多い人生であり、
動物がすごい好きになるだろう。
しかし、動物を好きになることは、
創作・表現を志すと、
焦りとの戦いが生まれる。
早く創作活動したい。
いつになったら、完成させられるのか。
この雑念が生活と
心をかき乱そうとする。
しかしこれは
相手にしても仕方のない雑念である。
いくつかの解決策を考える。
・「過程を楽しむ」姿勢
言うは易く行うは難し。
『日本人は何を考えてきたのか 近代編』 NHK取材班 「西田幾多郎と京都学派」読了
・藤田正勝、小林敏明、上田閑照、福岡伸一など、西田研究の大物がズラリと取材に応じていて、さすがのNHKである。

気軽にコメントください。(メルアド不要でコメント可能です)