闇の底から昇る
罪は、時として悪を為さしめる。 取り返しのつかぬ罪、それによって損なわれた人間、消えない記憶 卑小な自己を守ることばかり考えて、目の前の兄弟の痛みにも気づず 自分の領域を明確に区切り、己の利得のみを考えている自己を背後…
私も「永遠の今」(西田幾多郎)とか使って、
何か言った気になりがちです。
同じ本を読んでる相手と話す時なら、
固有名詞を使う意味もありますが、
そうじゃないなら、
相手の知らない専門用語を使って話す
ただの意味わからん人になってしまいます。
特に哲学が好きだと、
今書いている小説の1人を、
余りにもキャラ過ぎるなと考え直す。
ポリフォニー小説の人物たちは、
決して黙らず、外部から決定されずに、
己の声を叫び続ける地下室人なのである。
作者でさえも、彼らを1つの意味や位置に閉じ込めることはできない。
作者を無視して、
「生きねば」のための読書とは、
生活者として生きることの大変さを
前提とした上で、
読書を通して、
「生きねば…!」と、
心から思わされることである。
あえて、仮想敵を言えば、
アカデミズムと
ポジティブシンキングかもしれない。
ポジティブシンキングは、
今日は校庭で
蒸し暑い中サッカーの審判など。
暴力的な睡魔に襲われている。
久しぶりに気持ちよく眠れそうだ。
学童の正社員を辞めた今も、
仕事を通して毎週子どもたちと
関わり続けられることの有り難さ。
原点は、「カラマーゾフ万歳」である。
朝5:30に起床し
読経と座禅の1時間半の日課
始まって2ヶ月が経った。
禅の先輩が誘ってくれたおかげだ。
zoomを繋いで座禅をしている。
体力的にきつい日もあり、
今日は頭痛きつかったが、
しかし、
うとうと坐禅になったとしても
同じ時間を守って続けることの
大切さがある。

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