my読書[2]言葉の排他性と神の沈黙-
夏目漱石が用いた小説テクニックを学ぼうという、実用的な本(物書き限定ですが)を読んでいましたら、「言葉の排他性」についてのうまい説明がありました。それを読んで、「沈黙の受容性」と言えるような発想が湧いてきましたので、その…
今書いている小説の1人を、
余りにもキャラ過ぎるなと考え直す。
ポリフォニー小説の人物たちは、
決して黙らず、外部から決定されずに、
己の声を叫び続ける地下室人なのである。
作者でさえも、彼らを1つの意味や位置に閉じ込めることはできない。
作者を無視して、
「生きねば」のための読書とは、
生活者として生きることの大変さを
前提とした上で、
読書を通して、
「生きねば…!」と、
心から思わされることである。
あえて、仮想敵を言えば、
アカデミズムと
ポジティブシンキングかもしれない。
ポジティブシンキングは、
今日は校庭で
蒸し暑い中サッカーの審判など。
暴力的な睡魔に襲われている。
久しぶりに気持ちよく眠れそうだ。
学童の正社員を辞めた今も、
仕事を通して毎週子どもたちと
関わり続けられることの有り難さ。
原点は、「カラマーゾフ万歳」である。
朝5:30に起床し
読経と座禅の1時間半の日課
始まって2ヶ月が経った。
禅の先輩が誘ってくれたおかげだ。
zoomを繋いで座禅をしている。
体力的にきつい日もあり、
今日は頭痛きつかったが、
しかし、
うとうと坐禅になったとしても
同じ時間を守って続けることの
大切さがある。
ゲンロンのシラスを色々見てると
「もっと狂ったようにたくさん読まなきゃだめだな」と
思っちゃうけど、
アカデミズムの道ではなく、
家庭生活と小説創作への道を
せっかく選んだのだから、
もっとマイペースに、
生活を味わいつつやっていこう。
ドストエフスキー、
未読の『未成年』に

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