人はなぜ宗教を求めるのか②改善不能な自己への絶望
前回は「自己への不信・自意識の闇」に留まることに耐えきれずに宗教を求める、という流れになんとか強引にまとめきりました。 けれども、ぼく自身のなかで「宗教を求める」という気持ちは決して整理されているわけではありません。生物…
半年ぶりの風邪で
インフルにかかったようで
自宅で隔離生活。
やっと熱が下がって来た。
朦朧とする意識で、
生活習慣の改善をchat gptと相談して、
新しい生活・仕事のリズム案をつくる。
高熱の苦しみの中、
どうにもならぬ雑念を悩まされる中で、
日頃の生活の情けなさを反省させられた。
今日も娘のお腹の不調で
保育園お休みに。
バタバタの1日だったが何とか乗り切った。
仕事を無事に終え、食器洗いと炊飯予約。
半年前は、報いの見えない父親業がつらかったが、
最近は当たり前になりつつある。
家族全員が日常生活を送れることだけで、すごい達成なのだと思えるように。
10日間くらい
看病・家事に加えて
毎日仕事の締め切りに追われてたから、
「何かしてなきゃ」という焦りがあって、のんびりできない。
完全にワーカホリックだ。
人間の心は繊細である。
娘の下痢が3週間目に突入し、
子守りと家事の隙間をぬって
時間ギリギリに仕事を終わらせる日々が続いたが、
ようやく、明日から保育園に復帰できそうだ。
ものすごく鍛えられた。
1ヶ月以上小説も書けなかったが、
寝かせる時間はとても大切だ。
また、教会の交わりで、
何とか今日の仕事も乗り切った。
ヘトヘトだけど、
明日は友達の引っ越しの手伝いバイトだから、まぁリフレッシュにはなるはず。

気軽にコメントください。(メルアド不要でコメント可能です)