西田幾多郎の宗教哲学②ネルケ無方様(安泰寺)「why(なぜ生きるか,生きる意味)を徹底してこそのhow(いかに生きるか)」
西田幾多郎の記事に、安泰寺のご住職、ネルケ無方さまからご感想のメールを頂きました。 御本人からブログに転載しても構わないとの許可を頂きましたのでシェアさせていただきます。 ネルケ無方さんは、ドイツ生まれのご住職さんです。…
『ゲーテはすべてを言った』鈴木結生
再読するが、素晴らしい。
人間による世界把握の限界と、
神の愛の完全性との間の葛藤を
上品なユーモアで包んでいる。
しかもこんな巨大なテーマを
1つの物語と展開を通して
段階的に描いていくところに、
小説の可能性が爆発している。
小説を書くとは
人生をかけて、
毎日感じる諸々の感情や考察を
小説世界の中に閉じ込め、
発酵させていく営みである。
毎日の感興を日記に書いたところで、
それは一時に湧き上がって消え去るもの。
しかし作品世界に何度も塗り込めて
熟成させていくことで、
呪いのような作品が生まれる。
「小説家になりたい」から
「小説を書かざるを得ない」在り方へ。
大学生の頃から、
私は小説家になりたかった。
しかし、
書きたい小説はなかったと思う。
だから、大したものは書けなかったのだと思う。
しかしあれから10年以上書き続けていく内に、
前回の発熱中に、
朦朧とする意識の中で、
小説で描きたい場面のアイデアを
AIに喋りまくって
まとめさせておくという技を編み出した。
今回もそれを活かしてシーン案が3つできた。
発熱中は脳のデフォルトモードネットワークが活性化するらしく、
これがネガティブに働くと、
食欲はまだないけど、
平熱に戻って一気に回復、
確定申告も7割方終わらせることができた。
毎年、確定申告作業を始めると、
早く終わらせたくて、小説執筆波の集中力を発揮する💦
普段の仕事もこれくらい集中できたら良いのだが、
人間の心というものは、思い通りにいかない。

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