現実を離れた「生きる意味」を問わないこと―『超越と実存』南直哉
『超越と実存』哲学者みたいなお坊さん 哲学者みたいなお坊さんが、南直哉です。 まずタイトルから『実存と超越』とは、哲学書ですね。僕も哲学書だと思って立ち読みし、すぐ買いました。この本で南直哉は、そもそも仏教の本質とは何か…
「自己を恥じること」
そこから、本当の向上心と力、謙虚さが湧き出してくる。
「人、以て恥無かるべからず。恥無きを之れ恥づれば、恥無し。」
「人は、恥を知らない人間であってはならない。自分に恥じる心がないことを恥じることができれば、もはや恥ずべき人間ではなくなる」(孟子)
○安岡正篤、『禅と陽明学』
・安岡正篤の言葉をどこまで信用できるのかは、未だ検討中であるが、下記の視点は非常に大切だと感じた。
・小乗仏教を経てからの大乗仏教でなければ、ただの軽薄な現世肯定にすぎなくなる。大乗仏教なしの小乗仏教も、同じく良くない。
○ニーチェの「意志すること」と、言志四録の「志」。
○スマナサーラ長老のヴィッパサナ瞑想とニーチェ
・大乗的ではない。すなわち、「意志、価値判断をするから苦しい。だから、価値創造をやめ、一切をただありのままに見るだけで我慢しろ。生きることの苦しさを知って、生きることに執着するな。ただ、ありのままに見続けろ」
大学生の頃は、
「絶対的平等」が良いと思っていた。
種々の遺伝的・環境的な特質によって、
本人には責任がないと考える
パターナリスティックで
「過度に優しい」考え方だ。
しかし今は変わった。
「限界内における」人間の自由を
積極的に語らねばならない。

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