自己と他者とは対立した存在なのか-中村元『自己の探求』から
学術的な冷たさ、単調さの強い著作が多い中村元のなかでも、「いかに生きるか」をわりに自由に論じている『自己の探求』から。 「相手にそんなにしてやったら、こっちが損じゃないか!」 という考えは、人間同士がお互いに仲良くするこ…
ドストエフスキー小説は、強烈な自意識と、それを裏切る無意識が登場人物の中で激しく矛盾している。
だから、「どう読むか」が本当に多様になるのだと思う。
家庭では私が外交担当のため、
珍しく妻が他者と関わるときは、
「この前、大根もらってる」
「この前、ミッフィーのマグもらった」など、
頂き物を耳打ちして感謝の意を示してもらうのだが、
その度に「秘書が政治家に囁く映画のシーン」が脳裏に浮かんでしまう。
年末年始は
ママとずっと一緒にいたからか、
初めて娘が
「ママ!ママの(スリッパ)!ママの(ベット)!」と
ママ不在のさみしさを表現していた。
小説執筆は「要約」を広げるという方向。
要約的、イデア的にイメージの中既にあるものを
徹底的に広げて、文章として表現していく。
『辻原登の「カラマーゾフ」新論』よりまとめ
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だから小説は、要約すると意味がなくなる。
そして小説をよむ面白さは、

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