坂口安吾「文学のふるさと」-芥川が突き放された生活に根ざした不条理
「文学とはなにか」「文学は何を成しうるか」もはや今では忘れ去られた問いかもしれません。 しかし過去の文学者たちは、自分たちの存在意義にもつながるこの問いを、必死で考え続けました。それは文学が一級の文化と考えられ、自らの重…
文学
2019.02.17 ばさばさ
「文学とはなにか」「文学は何を成しうるか」もはや今では忘れ去られた問いかもしれません。 しかし過去の文学者たちは、自分たちの存在意義にもつながるこの問いを、必死で考え続けました。それは文学が一級の文化と考えられ、自らの重…
文学
2018.08.09 ばさばさ
坂口安吾―コメディアンになりきれない太宰 僕も「文学青年」の例に漏れず、19の頃には太宰治にジットリとはまり込んだ。 しかし「結局この現実を生きるしかない」といった気持ちが強くなるにつれ、その魅力も薄れていった。(文章の…
フーコー講義集成、懐かしい…!
大学のゼミで
「社会は防衛しなければならない」
「主体の解釈学」を輪読した。
フーコーは哲学者というよりは
系譜学者だった。
抽象的な主張をするのではなく、
本当に丹念に
過去の文献を集めて並べ、
概念や言葉の意味の変遷を読み解いていく。
【10月8日発売予定】
『ミシェル・フーコー講義集成1 〈知への意志〉講義
——コレージュ・ド・フランス講義 1970-1971年度』(ミシェル・フーコー著 慎改康之、藤山真訳)
フーコー講義集成が再販されるようです。
【シリーズ刊行予定】
1.〈知への意志〉講義(1970-1971)
【10月8日発売予定】
『ミシェル・フーコー講義集成1 〈知への意志〉講義
——コレージュ・ド・フランス講義 1970-1971年度』(ミシェル・フーコー著 慎改康之、藤山真訳)
フーコー講義集成が再販されるようです。
【シリーズ刊行予定】
1.〈知への意志〉講義(1970-1971)
寝不足の頭痛がひどかったけど、
頭痛薬と
首こりマッサージ機をやりまくって
なんとか治した。
スマホできるアイデア仕事で良かった。
『これがニーチェだ』(講談社現代新書)にある
永井均のあまりにも痛烈な
キリストの十字架を語って布教するキリスト教への批判。
永井均はやっぱり強烈だ(汗)
これこそが、
哲学者の恐ろしさなのではないか。
永井均自身が、
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