信仰とは②理性の及ばぬ神秘へ、意志の手でしがみつく。
今回は「信仰なんて…」と、とりあえず斜めに見てしまう人に向けて、「信仰とは一体なにか」哲学的な著作からご紹介し、 信仰はただの盲信なく、真剣で誠実で勇気ある営みであることをすこしでも伝えられたらと思います。 信仰と真理・…
キリスト教
2020.07.04 ばさばさ
今回は「信仰なんて…」と、とりあえず斜めに見てしまう人に向けて、「信仰とは一体なにか」哲学的な著作からご紹介し、 信仰はただの盲信なく、真剣で誠実で勇気ある営みであることをすこしでも伝えられたらと思います。 信仰と真理・…
キリスト教
2019.05.12 ばさばさ
「神が創った世界になぜ悪があるのか」という古典的な問いには、 古典的な答え「その部分だけ切り取ったら悪に見えるだけで、全知全能の神の視点からしたらそれは決して悪ではない。この世界は全て善である。一見悪に見えるものも、神は…
寝坊した。
夜のアウトプットは、
頭が冴えて
寝れなくなっちゃうな。
とにかく座禅じゃ。
この人類の歴史において
誰も真理を知らない。
誰も正解を知らないということの
無限の可能性と喜びに思いを馳せる。
正解はない。
しかし、問いを立て、
それを探求することはできる。
哲学者たちは
答えを導き出せなかったが、
自分の問いを、問い続けたのだ。
数年振りに、
ブログ記事で考察したい気持ちが湧いてきた。
ニーチェについてである。
頭の中にストックできないレベルになったので
ブログ記事として記録しておく必要があるし、
書くことを通して整理したいのだ。
動画で喋ろうとか思ってたけど、
口頭で手に負える問題じゃなくなってきた。
今日も眠れずニーチェの森を散策。
永井均の『ルサンチマンの哲学』『これがニーチェだ』にたどり着いたが、
永井均はやっぱり面白いな。
そして表現力が凄まじい。
自分の言葉で、すごい密度で
明快に語ってくれる。
毒を吐き続けることで、
常に永井均自身の理解と、
当該の哲学者とのギャップを
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