人はなぜ宗教を求めるのか①自己への不信・自意識の闇
「人はなぜ宗教を求めるのか」何度も問われ、答えられてきた問いに、ぼくも応えてみたいと思います。 ぼくは何か特定の「宗教・宗派・ドグマ」にどっぷり浸かっているわけではありませんし、絶対的・宗教的な「安心」を手にしているわけ…
寝坊した。
夜のアウトプットは、
頭が冴えて
寝れなくなっちゃうな。
とにかく座禅じゃ。
この人類の歴史において
誰も真理を知らない。
誰も正解を知らないということの
無限の可能性と喜びに思いを馳せる。
正解はない。
しかし、問いを立て、
それを探求することはできる。
哲学者たちは
答えを導き出せなかったが、
自分の問いを、問い続けたのだ。
数年振りに、
ブログ記事で考察したい気持ちが湧いてきた。
ニーチェについてである。
頭の中にストックできないレベルになったので
ブログ記事として記録しておく必要があるし、
書くことを通して整理したいのだ。
動画で喋ろうとか思ってたけど、
口頭で手に負える問題じゃなくなってきた。
今日も眠れずニーチェの森を散策。
永井均の『ルサンチマンの哲学』『これがニーチェだ』にたどり着いたが、
永井均はやっぱり面白いな。
そして表現力が凄まじい。
自分の言葉で、すごい密度で
明快に語ってくれる。
毒を吐き続けることで、
常に永井均自身の理解と、
当該の哲学者とのギャップを

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