近況。小説執筆への執着に気づく。
2022年1月、流行り病にかかり、10日間の自宅待機を余儀なくされた。高熱と職場の対応の嵐を乗り切って、突然に空いた空白の時間、部屋からも出られない。種々の不安が渦巻くさなか、並木浩一の『ヨブ記注釈』を読み、旧約聖書も『…
男性(私)の性欲の惨めさと破滅性が、書いているうちに自然と、
小説の一つの基調音となっていく。
その裏には、
人間(私)自身の気まぐれ性、無責任性がセットになっていると思う。
抗えがえない感情のカオスがあるからこそ、
家族や結婚によって、
祖父と一緒に火葬する寄せ書きを書く。
私はじいちゃんが大好きだった。
じいちゃんに怒られた記憶は一度もない。いつも孫の私に静かに付き添ってくれる、心強い味方だった。
そんなじいちゃんを連れて、
虫取りや川遊びに行き、
何かを見つけたり、捕まえたりしたら
祖父のお葬式で実家に帰った。
兄貴と2時間くらい、
文学や政治、
最近読んだ本について語り合う。
30代になってから、兄貴と話せるようになった。兄弟の存在のありがたさ、豊かさを感じる。
それまで兄貴はライバルであり、
油断できない相手であったのだ。
シモーヌ・ヴェイユについては
複雑な思いがあるけれど、
昨今のリベラルの衰退を見ていると、
ヴェイユが労働者自身が芸術に触れられるようにして、
精神的に目覚めさせようとしたことは
すごい大切なことだったのではないか。
エリーティズムを脱した、
労働者自身による自覚と活動が
ドストエフスキー『白痴』
再び、イポリートの自殺失敗。
5.6回目のチャレンジにして、ようやく最後まで読みきれそうだ。
『白痴』はエンタメ的には、ちょっと筋が厳しいと思う。というか『罪と罰』が面白過ぎるのだ。

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