【世界を創造し続ける大地としてのぼくと、その上で嘆く小人のぼくたち】「らしい」散文[4]
「自分にはこの道しかないはずだ!」と自分で自分を説得する可笑しさと、「ぼくのビックバン」この2つをつなげたいのだ、ぼくは。 ぼくは「このぼく」であって、他のだれでもない。他の誰か、例えば田中さとしくんにとっては、「この田…
「らしい」散文
「自分にはこの道しかないはずだ!」と自分で自分を説得する可笑しさと、「ぼくのビックバン」この2つをつなげたいのだ、ぼくは。 ぼくは「このぼく」であって、他のだれでもない。他の誰か、例えば田中さとしくんにとっては、「この田…
キリスト教
十字架への自らを犠牲にしたイエス。「敵」である人間を愛しゆるすために。 「非信徒からみたキリスト教の魅力」第二弾の今回は、「究極的な愛のモデルであるイエスにならって生きること」です。 キリスト教の論理では、神とその御子イ…
「らしい」散文
宗教にまつわる本を読んでいて、大きな罪を犯すことなく生きてきた自分を残念におもったことが、ぼくにはあったらしい。 自分のあまりの罪、汚らしさに真っ正面からぶちあたったことで、そこから一気に宗教の道を突き進んで行った人たち…
「らしい」散文
回 全ては無意味。 人生はむなしく、孤独に閉じ込められたまま、あの世に向かってひとりきりで川をくだっていくようなもの、なんの価値もない、何の意味もない、どうしようもない肉のかんおけだと、人は言う。 こんなのは、ぜんぜんシ…
「らしい」散文
ぼくはいちおう小説としてこの文章を書き始めたらしい。 それなりの価値があると思って、ぼくはこうして書いている、らしい。 「らしい」というのは、自分のこころのわからなさだ。自分のこころがわからない。「本当は」何を感じ、考え…
キリスト教
「自分の苦しみと苦悩を、神に語りかけることができる」 キリスト教、すてきだなぁと思うところはたくさんありますが、 今回は「自分の苦悩を語りかける相手がいること」に注目してみます。 生きる苦しみ・悩みが自分独りだけのもので…
生きる意味 なぜ
前回は「自己への不信・自意識の闇」に留まることに耐えきれずに宗教を求める、という流れになんとか強引にまとめきりました。 けれども、ぼく自身のなかで「宗教を求める」という気持ちは決して整理されているわけではありません。生物…
エッセイ
ほとんど7,8年ぶりに観たテレビドラマ、『大恋愛』を観て考えたことを書きます。(まだ7話までしか観てません。) ドラマ作品としての批評をするわけではなく、ただ『大恋愛』を観て触発されて考えたことのメモです。(役者の演技も…
生きる意味 なぜ
「人はなぜ宗教を求めるのか」何度も問われ、答えられてきた問いに、ぼくも応えてみたいと思います。 ぼくは何か特定の「宗教・宗派・ドグマ」にどっぷり浸かっているわけではありませんし、絶対的・宗教的な「安心」を手にしているわけ…
エッセイ
フィリピン、セブのマクタン島に4泊5日行って帰って来てから、これまでの自分との大きな断絶を感じます。 自分のこれまでの悩み、不安とは一体何だったのか。「悩むために悩んでいたのではないか」とすら思うのです。ぼくにとっては初…
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