宗教的安心・救いとは。自力と他力、八木誠一。my読書[3]
最近はキリスト教、イエス関連の本をあっちこっちと読んでいました。というのも、3年間続けている臨済禅の修行をこれからも続けて行こうかどうか、悩んでいるからです。 ぼくが得たいのは安心です。それがぼくの求める「救い」でありま…
最近はキリスト教、イエス関連の本をあっちこっちと読んでいました。というのも、3年間続けている臨済禅の修行をこれからも続けて行こうかどうか、悩んでいるからです。 ぼくが得たいのは安心です。それがぼくの求める「救い」でありま…
夏目漱石が用いた小説テクニックを学ぼうという、実用的な本(物書き限定ですが)を読んでいましたら、「言葉の排他性」についてのうまい説明がありました。それを読んで、「沈黙の受容性」と言えるような発想が湧いてきましたので、その…
「my読書」ということで、無理に1テーマにまとめることはせずに、読んで感じたことを書き残していきます。 ここのとこ、ぼくが一日一生の基礎を置いているところの、禅の道に動揺をきたすゴタゴタがありました。そのため生の基礎をち…
小説を読むのが大好きだから、自分でも小説を書いてみよう! といざ書き始めて最初に陥ってしまう罠が、主人公と自分とをごっちゃにしてしまうという罠です。 はっきりと読者を意識し自己を適切に語る私小説を書こうというのならば良い…
「あ~!あのミーチャが「人間は広すぎる!」って叫ぶシーンってどこだっけ!」(3編3です) 『カラマーゾフの兄弟』は長大で、あの場面がどこにあったかを探すのも一苦労です。 そのため目次と主要なエピソードを見られるようにまと…
いよいよ小説をアップし始めました。 とても不器用な小説ですが、これまでの生きねば活動を糧に自分の想いを思い切りぶつけて書いています。 それぞれの絶望にあえぎつつ、なんとか生きているぼくたちを描きたいです みなさんの「生き…
↑前回の記事では、ドストエフスキー作品はどう読めば挫折せずに楽しく読めるのか、 読み方の姿勢を紹介しました。 今回はドストエフスキー最大の傑作と言われる『カラマーゾフの兄弟』を例に、 全体ではなく「各部のあらすじ」を先に…
ドストエフスキー 自称インテリ層にとってはもはや神よりも権威を持っていると言って良いのではないでしょうか。大学に入って文学をかじろうとした者に、体当たりをかましてくる巨大怪獣です。 文学青年に憧れたぼくも、もちろんはじめ…
ニーチェの『ツァラトゥストラ』は、現実を生きようと悪戦苦闘する者たちの尻を叩いてくれる。 ニーチェもツァラトゥストラに自分の尻を叩いてもらっていたのだろう。 今回は、ニーチェの「学者」(現実を傍観する人たち)批判を紹介す…
学術的な冷たさ、単調さの強い著作が多い中村元のなかでも、「いかに生きるか」をわりに自由に論じている『自己の探求』から。 「相手にそんなにしてやったら、こっちが損じゃないか!」 という考えは、人間同士がお互いに仲良くするこ…
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