詩② なげきとすくい(2019/2月~)

みんなのくるしみはしずかだ

 

 

「みんな くるしんでいる」

このことばの中に

いったいどれだけの呻きが 渦巻いているのだろう

この宇宙のうちに

無数の歎き 苦しみ 痛みが

木霊し 反響し 充満して

染み出して 溢れ出して 爆発しそうなのに

「みんな くるしんでいる」

この言葉は 死ぬほどに つめたくて

1ミリも動かず 涼しげでさえある

 

みんな! くるしんでいるんだ! つらいんだ!

ぼくは この宇宙の

無数のいたみを 代表して

代弁して 絶叫する

喉に血がにじむ

 

バイクにまたがり 去ってゆくぼくに

おいてきぼりにされた 林の木々は

冬の夜空に きいろくあがった月をみて

「きれいだなぁ」 と 言い合った

北風が 排気ガスを洗い

林は再び 暗闇に閉ざされる

すべての物音と ぼくのたった一滴の血を

とじこめてしまう

 

ヘッドライトが 山道を照らし

バイクは 走る

街へと続く 小道をはしる

天から地へと

涙がひとすじ  流れ落ちる

 

 

あの人を見よ

 

 

ずっと うつむいている人がいて

くるしみ なやんでいた

 

主よ 私は罪深いのです

どこまでもどこまでも どこまでも

悪がこびりついているのです

 

ある人が それをきいて

十字架を ゆび差した

その人は 顔を上げ 神を見た

愛を見た

十字架は 世界が始まる前から

ずっとそこにあった

人間たちが生まれてから ずっと

人びとを 包んでいた

永遠に ずっと

血をながしつづけていた

ぼくらのため

ぼくらのために

 

わたしのこころの奥底で

 

わたしのこころの奥底で
あなたは待っていて下さった

わたしがあなたを避け 祈らずに
この世の虚しい慰めを追い廻し続けていたときも

わたしのこころの奥底で
あなたは
ただ じっと
待っていて下さった

わたしのこころの奥底で
わたし自身にさえ顧みられぬ
わたしのこころの痛みに
ずっと

わたしのこころの奥底で
あなたはわたしを待っている

わたしはただ
かえりさえすれば良い

わたしのこころの奥底へ
あなたが待っていて下さる
あの場所へ

私はひとり沈み往き
わたしのこころの奥底で
じっと 身を横たえて

あなたのいつくしみに
すべてをゆだねて

 

祈り(詩①2020/1月~)

2014年2月12日

1 個のコメント

  • 若松英輔さんが、苦しみは地に落ちて土にしみ込み、土の中で一人一人の苦しみがとけあうようにつながる、というイメージをくれました。神谷恵美子『生きがいについて』(Eテレのテキスト本)にありました。 よく思い出します。また思い出しました。
    「みんなのくるしみはしずかだ」しずかだけれどたしかにある。叫ぶ苦しみもその後の沈黙とともにある。苦しみが深くなるにつれ人は黙っていく。そんなことを思いました。「しずかなくるしみ」がいつも確実にあることを、いつも憶えていたい。

    いつくしみにすべてゆだねることは、やすらぐことは、何よりもの救いですね。それは快い幸せとは少し違うか、まるで違う。自他の苦しみから離れたところに確保されているのではない、と思います。それでも、それだからこそ、いつくしみがあるのでしょう。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    20代。早稲田大学を卒業。大学時代に生きることに悩み、哲学書・宗教書・文学書を読み漁った結果、頭だけで考えても仕方ないと悟り、臨済禅の坐禅道場で参禅修行を始める(4年間修行)。 2020年に(カトリック)教会で洗礼を受ける。 路上お悩み相談(コロナ禍によりお休み中)や、SKYPE相談・雑談、コーチング、生きねば研究室など、一対一の本音で対等な関わりを大切に、自分にできることをほそぼそとやっています。